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■ 木綿織物は、布地から蚊帳地、そして襖地へ。

 
明治以降、相楽地方(現在の木津川市)で木綿織りが盛んになっていったのは前
回お話しさせていただきました。「相楽木綿(さがなかもめん)」を織る「モメン
ヤ」のことでしたね。このように木綿織りが盛んになると、着物の布地のほか、木
綿蚊帳(もめんかや)などもつくられるようになります。蚊帳というのは、昔、蚊
取り線香などの殺虫剤が普及していない頃、寝ている部屋に大きなテントのような
ものを吊るして、蚊が入って来れないようにしたもの。昭和30年代以前に生まれ
た方には懐かしいアイテムですね。この蚊帳なんかが相楽地方の名産になってきま
す。

 製法も初期は手機(てばた)でしたが、大正時代になると力織機を導入するモメ
ンヤも現われました。そうしたモメンヤたちは、布地→蚊帳→襖地へと生産物を変
えていきました。襖地とは布に紙で裏打ちをした襖紙のことで、主に経糸には綿糸、
緯糸にはマニラ麻を使って製織されていました。裏打ち紙は最初は和紙が使用され
ていましたが、戦後になると日焼けしにくい間似合紙(まにあいし)も使われるよ
うになりました。

 モメンヤは、春の襖替えに合わせて6月から半年間で襖地を、その後は夏の蚊帳
需要に合わせて蚊帳地を織るという生産体制をとりました。戦後は、ビル建築によ
る需要により襖地を応用した布地の壁紙の生産も増えました。昭和56(1981)
年には、織物襖地の全国需要の40%を相楽地方の業者がまかなっているという統
計も残っているくらいで、織物襖地は、江戸時代以来の南山城の織りの伝統を今に
受け継ぎながら、京都府南部を代表する地場産業へと成長しました。

 今も相楽地方のあちらこちらには襖地などの織物工場が残っています。そんな中、
古い環濠がめぐる上狛の大里集落を歩くと、「キャシャ、キャシャ、キャシャ、キ
ャシャ…」とリズミカルに布地を織る近代的な力織機の音を耳にすることができま
す。その響きには、中世から近世、そして近代へと積み重なってきた「織物」の歴
史的な伝統が、今もなお脈々と流れているのです。
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